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獲得した2つの景品 – HLHS0011

獲得した2つの景品

アミューズメントで楽しいクレーンゲーム

PhotoAC[32601940]

その日、成田はひどく落ち込んでいた。朝から資料のミスが見つかり、上司に詰められ、得意先にも謝り倒した。同僚たちは気にするなと励ましてくれたが、自分の未熟さが恥ずかしかった。

気がつけば、ネクタイを緩めたまま、会社の近くにある古びたゲームセンターの前に立っていた。

ネオンがぼんやりと点滅し、店内からはピコピコと電子音が漏れている。ふと、学生の頃に友達と入り浸っていた記憶が蘇った。あの頃は、何も持っていなかったけれど、笑うことだけはできた気がする。

「少しだけ、時間を潰そう」

そう自分に言い訳して、成田は自動ドアをくぐった。ひんやりとした空気。並ぶ筐体の間を抜けて歩いていくと、クレーンゲームの一角で、何かが視界を引き止めた。

「うーん、またちょっとズレたね……」

声の方を向くと、三十代くらいの母親と、小学校低学年くらいの男の子が、クマのぬいぐるみを前に挑戦を繰り返していた。手のひらでは抱えきれないほど大きな、ふかふかの白いクマ。爪が触れるたび、少しずつ動いているようだが、うまく取れないようだ。

「ねえママ、もう一回だけ……!」

「うーん……これで最後ね?」

男の子は真剣な眼差しでレバーを握る。クレーンが下降し、ぬいぐるみの胴体に爪が引っかかる。しかし、持ち上がった瞬間、クマはぐらりと傾き、また落ちた。

「もうやめよう。帰るよ」

母親がやさしく言う。男の子は唇をかんで、うつむいた。

成田は、胸の奥がちくりと痛むのを感じた。なぜだかわからない。ただ、その場を立ち去れなかった。

「……もし、よかったら僕にやらせてくれませんか?」

不意に声が出ていた。親子が驚いたようにこちらを見た。

言葉にして初めて、手のひらにじんわり汗をかいていることに気づいた。成田はネクタイを緩めたまま、少し照れくさく笑った。

「昔、ちょっと得意だったんです。これだけは」

母親が目を見合わせて、苦笑しながらうなずいた。「お願いします」と男の子が一歩前に出た。

成田はお金を機械に入れた。腕を伸ばし、レバーをゆっくり動かす。クマの位置、重心、ガラス越しの光の屈折。それらを頭の中で計算しながら、心を落ち着かせてタイミングを見計らう。

クレーンが下がり、爪が深く差し込まれる。一瞬の沈黙。そして、白いクマがゆっくりと持ち上がった。

――いける。

浮き上がったクマはそのまま、ゆっくりと取り出し口へ吸い込まれていった。

「やった……!」

男の子が飛び跳ねた。成田は両手でクマを抱きしめ、男の子に差し出す。

「どうぞ。君のだ」

「ありがとう!ほんとにありがとう!」

男の子の目が輝いていた。母親も深々と頭を下げてくれた。

その瞬間、成田は不思議な感覚に包まれた。仕事では感じたことのない、素直な「ありがとう」に触れて、心の奥が温かくなる。まるで、自分の存在が肯定されたような気がした。

彼は少しの間、ゲームセンターのベンチに腰掛けて、その余韻に浸った。ぬいぐるみの重さ、あの子の笑顔、感謝の言葉。それは確かに、彼の心に何かを“つかんだ”。

――もしかしたら、こういうサービスがあってもいいのかもしれない。

大人も子供も、ただ遊ぶだけじゃなくて、「誰かのために得意を発揮する」ことで、心が救われる。そんな遊び場を作れたら、きっと誰かの役に立てる。

クレーンゲームのガラスの奥には、まだいくつもの景品が並んでいた。だが、成田の中で手に入ったものは、それよりもずっと価値がある気がした。

店を出ると、夜風が優しく吹いた。街は変わらず騒がしかったが、心の中は、少し静かになっていた。

今日は、いい日だった。

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