TCG(トレーディングカードゲーム)界の校内最強コンビ、土井司(どい つかさ)と不羅英路(ふら えいじ)が立ち上げた『TCG部』は、順調に部員数を伸ばしていた。
二人は今年で卒業を迎える。だが、部は大丈夫だ。頼もしい後輩たちが着実に育ち、卒業後もこの部を支えてくれるだろう。
――ただ、一人を除いて。
その人物とは、一年後輩の日ノ本剛(ひのもと つよし)。彼は入部当初からTCGの腕前がずば抜けており、以来ずっと「向かうところ敵なし」という快進撃を続けていた。
強いカード、的確なプレイ、読み合いの上手さ――。そのすべてが彼を無敗の存在に押し上げていた。TCG部は他校との交流戦もあるため、部の名が広まるのは良いことのはずだった。
しかし、日ノ本の連勝は、次第に彼から「リスペクト」を奪っていった。
勝利に慢心し、強引にアンティルール(賭け勝負)を持ちかけてカードを奪う。相手のデッキ構築を嘲笑するような態度も目についた。次第に部内では彼を避ける空気が広まり、誰も彼に勝負を挑まなくなった。
だが、彼はそれすらも「弱いから逃げている」と決めつけ、態度を改めようとはしなかった。
「なぁ、これってさ。部にとって、よくないよな?」
司はそう切り出し、英路に相談を持ちかけた。
英路は少し考え込んだ後、にやりと笑った。
「俺に考えがある。来週の月曜日、楽しみにしててくれよ」
スタンバイ:聖なる挑戦者
月曜日、終業のチャイムが鳴ると、TCG部の部室には次々と部員たちが集まってきた。次の新弾に収録されるカードの話題で盛り上がる中、やがて日ノ本が現れた。
彼が姿を見せた瞬間、部室内の空気が一変する。会話がピタリと止まり、重苦しい沈黙が支配した。
そんな空気などお構いなしに、日ノ本はカードデッキを取り出し、近くにいた部員に強引にアンティルールを持ちかけ始める。
そのとき――。
「その勝負、私がしてもいい?」
一人の少女が、日ノ本の前に現れた。
見慣れない顔。TCG部の人間ではないことは一目でわかる。だが、その真剣なまなざしは、場の空気すら飲み込む強さを持っていた。
「返事してよ。私が相手じゃダメ?」
日ノ本は一瞬だけ真顔になったが、すぐにケラケラと笑い出した。
「あー、いいよいいよ。どんなカードを見せてくれるのかな? パンダさんかな? ネコさんかな? はっはっは」
少女はその煽りにも一切動じず、まっすぐに日ノ本を見つめている。
司はその様子を見ながら、英路に小声で尋ねた。
「誰だ? あの子は」
「俺の幼なじみさ。学年は三つ下。部員じゃないけど、今日は俺が呼んだ」
「本当に日ノ本と対戦させるつもりなのか?」
「……ああ。安心して見ててくれ」
ターン:奇襲攻撃
少女の名は、安芽梨花(あめ りか)。彼女と日ノ本は向かい合い、デッキをシャッフルし始めた。
「なあ梨花さんよ。アンティルールなんだけどさ。俺が勝ったら何くれるの?」
「そうね。あなたの『友達』になってあげるわ」
日ノ本は吹き出し、大笑いした。意味不明な提案に見えた。だが、彼はその条件をあっさり飲んだ。
「オッケー。じゃあ、俺が負けたら、今までアンティで奪ったカード、全部持ち主に返してやるよ」
部員たちがざわめいた。梨花に熱い視線が注がれる。
「じゃあ、勝負開始!」
先攻を取った日ノ本は、初手でいきなり切り札を出す。
「カード発動!《真珠の涙》!」
真珠の涙
カードテキスト:発動条件:先攻1ターン目でも使用可能。相手の戦力を-1する。
対戦開始早々、梨花の戦力が削られた。波乱の幕開けだ。
ターン:永続戦略
数ターンが経過し、日ノ本が若干優勢に見える展開。彼の盤面は充実し、梨花は守勢に回っているようだった。
「ははっ、悪いな梨花さん。そろそろ終わりにしてやるよ!」
日ノ本は、強力な永続戦略カードを場に出す。
「発動!《風神突撃》!」
風神突撃
カードテキスト:毎ターン1回、任意の数のリソースor戦力を消費し、その同数分だけ相手の戦力を削る。
極めて強力なカードだ。永続戦略カードは、盤面に一枚しか置けない制限があるとはいえ、使いこなせば勝負を左右する。
だが、梨花は焦った様子を見せない。静かに盤面を見つめ、手札を確認し続けている。
「リソースを5つ消費、戦力を-5してやる!」
その瞬間、梨花が口を開いた。
「あなたの負け、今確定したわ」
日ノ本の表情がこわばる。
「私も永続戦略カードを使うわ。《空からの鉄槌》、発動!」
空からの鉄槌
カードテキスト:毎ターン1回、相手のリソースを-1する。
地味に見えるが、確実にリソースを削る戦術は、対戦の流れをじわじわと変えていった。
ターン:リスペクトの枯渇
終盤、盤面が逆転し始めた。梨花の《空からの鉄槌》が日ノ本のリソースをじわじわと枯らし、攻勢が止まりはじめる。
「くっ、だからって調子に乗るなよ!」
日ノ本はリソースが足りず、自らの戦力を削って《風神突撃》を発動し続ける。だが、その損耗はもはや致命的だった。
梨花が最後の一手を放つ。
「終わりにしてあげる。《焦熱の火球》、発動!」
焦熱の火球
カードテキスト:リソースの半分を消費して発動。相手の盤面上すべての戦力を無力化する。
真っ赤な火球が盤面を焼き尽くし、日ノ本の無敗神話を終わらせた。
エピローグ:終戦
日ノ本は約束通り、今までアンティ勝負で奪ったカードを部員たちに返却した。顔には悔しさがにじみ、奥歯をかみしめているようだった。
梨花は、かつて英路とだけTCGをしていたという。英路と何度も対戦してきたその腕前は、本物だった。
「……俺、退部するよ。負けたし。無敗神話も終わった」
「ふーん。でも、私と友達になったら、またTCGするでしょ?」
「俺が負けたんだぞ? 友達になるのは俺が勝ったときの条件じゃ――」
梨花は微笑んで言った。
「TCGは、楽しんでやるものでしょ? 本当のケンカじゃなくて、誰も傷つかない。だからこそ、楽しいのよ」
その言葉に、日ノ本の表情が少し緩んだ。
「……ありがとう。みんな、今までごめんな」
彼はうつむきながら、静かに謝った。本当は、友達が欲しかった。みんなと楽しくカードをしたかっただけなのだ。
英路は黙って頷いた。最初から全部、見えていたのだ。
「なぁ、お前、ほんと格好つけすぎだろ」
司はそう言って英路の肩を肘で軽く突いた。張り詰めた空気が緩んだ瞬間だった。
部室に再び、笑いと会話が戻ってきた。
卒業の日が近い。後輩たちに、この部を託せる。心からそう思えた。
――カードゲームを通じて、またひとつ、友情の同盟が生まれたのだった。
このお話の前編があります→:第一次TCG対戦
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