第二次TCG対戦 – HLHS0034

TCG(トレーディングカードゲーム)界の校内最強コンビ、土井司(どい つかさ)と不羅英路(ふら えいじ)が立ち上げた『TCG部』は、順調に部員数を伸ばしていた。

二人は今年で卒業を迎える。だが、部は大丈夫だ。頼もしい後輩たちが着実に育ち、卒業後もこの部を支えてくれるだろう。

――ただ、一人を除いて。

その人物とは、一年後輩の日ノ本剛(ひのもと つよし)。彼は入部当初からTCGの腕前がずば抜けており、以来ずっと「向かうところ敵なし」という快進撃を続けていた。

強いカード、的確なプレイ、読み合いの上手さ――。そのすべてが彼を無敗の存在に押し上げていた。TCG部は他校との交流戦もあるため、部の名が広まるのは良いことのはずだった。

しかし、日ノ本の連勝は、次第に彼から「リスペクト」を奪っていった。

勝利に慢心し、強引にアンティルール(賭け勝負)を持ちかけてカードを奪う。相手のデッキ構築を嘲笑するような態度も目についた。次第に部内では彼を避ける空気が広まり、誰も彼に勝負を挑まなくなった。

だが、彼はそれすらも「弱いから逃げている」と決めつけ、態度を改めようとはしなかった。

「なぁ、これってさ。部にとって、よくないよな?」

司はそう切り出し、英路に相談を持ちかけた。

英路は少し考え込んだ後、にやりと笑った。

「俺に考えがある。来週の月曜日、楽しみにしててくれよ」

スタンバイ:聖なる挑戦者

月曜日、終業のチャイムが鳴ると、TCG部の部室には次々と部員たちが集まってきた。次の新弾に収録されるカードの話題で盛り上がる中、やがて日ノ本が現れた。

彼が姿を見せた瞬間、部室内の空気が一変する。会話がピタリと止まり、重苦しい沈黙が支配した。

そんな空気などお構いなしに、日ノ本はカードデッキを取り出し、近くにいた部員に強引にアンティルールを持ちかけ始める。

そのとき――。

「その勝負、私がしてもいい?」

一人の少女が、日ノ本の前に現れた。

見慣れない顔。TCG部の人間ではないことは一目でわかる。だが、その真剣なまなざしは、場の空気すら飲み込む強さを持っていた。

「返事してよ。私が相手じゃダメ?」

日ノ本は一瞬だけ真顔になったが、すぐにケラケラと笑い出した。

「あー、いいよいいよ。どんなカードを見せてくれるのかな? パンダさんかな? ネコさんかな? はっはっは」

少女はその煽りにも一切動じず、まっすぐに日ノ本を見つめている。

司はその様子を見ながら、英路に小声で尋ねた。

「誰だ? あの子は」

「俺の幼なじみさ。学年は三つ下。部員じゃないけど、今日は俺が呼んだ」

「本当に日ノ本と対戦させるつもりなのか?」

「……ああ。安心して見ててくれ」

ターン:奇襲攻撃

少女の名は、安芽梨花(あめ りか)。彼女と日ノ本は向かい合い、デッキをシャッフルし始めた。

「なあ梨花さんよ。アンティルールなんだけどさ。俺が勝ったら何くれるの?」

「そうね。あなたの『友達』になってあげるわ」

日ノ本は吹き出し、大笑いした。意味不明な提案に見えた。だが、彼はその条件をあっさり飲んだ。

「オッケー。じゃあ、俺が負けたら、今までアンティで奪ったカード、全部持ち主に返してやるよ」

部員たちがざわめいた。梨花に熱い視線が注がれる。

「じゃあ、勝負開始!」

先攻を取った日ノ本は、初手でいきなり切り札を出す。

「カード発動!《真珠の涙》!」

真珠の涙
カードテキスト:発動条件:先攻1ターン目でも使用可能。相手の戦力を-1する。

対戦開始早々、梨花の戦力が削られた。波乱の幕開けだ。

ターン:永続戦略

数ターンが経過し、日ノ本が若干優勢に見える展開。彼の盤面は充実し、梨花は守勢に回っているようだった。

「ははっ、悪いな梨花さん。そろそろ終わりにしてやるよ!」

日ノ本は、強力な永続戦略カードを場に出す。

「発動!《風神突撃》!」

風神突撃
カードテキスト:毎ターン1回、任意の数のリソースor戦力を消費し、その同数分だけ相手の戦力を削る。

極めて強力なカードだ。永続戦略カードは、盤面に一枚しか置けない制限があるとはいえ、使いこなせば勝負を左右する。

だが、梨花は焦った様子を見せない。静かに盤面を見つめ、手札を確認し続けている。

「リソースを5つ消費、戦力を-5してやる!」

その瞬間、梨花が口を開いた。

「あなたの負け、今確定したわ」

日ノ本の表情がこわばる。

「私も永続戦略カードを使うわ。《空からの鉄槌》、発動!」

空からの鉄槌
カードテキスト:毎ターン1回、相手のリソースを-1する。

地味に見えるが、確実にリソースを削る戦術は、対戦の流れをじわじわと変えていった。

ターン:リスペクトの枯渇

終盤、盤面が逆転し始めた。梨花の《空からの鉄槌》が日ノ本のリソースをじわじわと枯らし、攻勢が止まりはじめる。

「くっ、だからって調子に乗るなよ!」

日ノ本はリソースが足りず、自らの戦力を削って《風神突撃》を発動し続ける。だが、その損耗はもはや致命的だった。

梨花が最後の一手を放つ。

「終わりにしてあげる。《焦熱の火球》、発動!」

焦熱の火球
カードテキスト:リソースの半分を消費して発動。相手の盤面上すべての戦力を無力化する。

真っ赤な火球が盤面を焼き尽くし、日ノ本の無敗神話を終わらせた。

エピローグ:終戦

日ノ本は約束通り、今までアンティ勝負で奪ったカードを部員たちに返却した。顔には悔しさがにじみ、奥歯をかみしめているようだった。

梨花は、かつて英路とだけTCGをしていたという。英路と何度も対戦してきたその腕前は、本物だった。

「……俺、退部するよ。負けたし。無敗神話も終わった」

「ふーん。でも、私と友達になったら、またTCGするでしょ?」

「俺が負けたんだぞ? 友達になるのは俺が勝ったときの条件じゃ――」

梨花は微笑んで言った。

「TCGは、楽しんでやるものでしょ? 本当のケンカじゃなくて、誰も傷つかない。だからこそ、楽しいのよ」

その言葉に、日ノ本の表情が少し緩んだ。

「……ありがとう。みんな、今までごめんな」

彼はうつむきながら、静かに謝った。本当は、友達が欲しかった。みんなと楽しくカードをしたかっただけなのだ。

英路は黙って頷いた。最初から全部、見えていたのだ。

「なぁ、お前、ほんと格好つけすぎだろ」

司はそう言って英路の肩を肘で軽く突いた。張り詰めた空気が緩んだ瞬間だった。

部室に再び、笑いと会話が戻ってきた。

卒業の日が近い。後輩たちに、この部を託せる。心からそう思えた。

――カードゲームを通じて、またひとつ、友情の同盟が生まれたのだった。

このお話の前編があります→:第一次TCG対戦

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