人生を乗せる運転席 – HLHS0019

スピード・ハイウェイ
暗闇のトンネルに入る直前、ミラーの中で一瞬だけ空が赤く染まった。夕陽が沈む寸前だった。
トラックのキャビンには、静寂とエンジン音だけが支配している。ラジオは切ってある。音楽も、声も、今は必要ない。
ハンドルを握る手に、無意識に力が入っているのがわかった。
「……集中だ」
山間部を貫くこの長いトンネルは、幾度となく通ったはずだったが、やはり油断はできない。反対車線からヘッドライトが近づいてくるたび、網膜の奥に閃光が残り、すぐに闇へと吸い込まれる。
走り続けること、見えない先を信じてアクセルを踏むこと、それが今の俺の仕事であり、生き方でもあった。
昔、仲間と一緒に走っていた頃は、こんな孤独を感じることはなかった。
「先、走ってろ。後で追いつく」
無線越しにそう言って、遅れてきた仲間の声が今も耳に残っている。あの時、無理な追い越しをして事故に巻き込まれたのは──
胸の奥に、ひやりと冷たいものが落ちる。
「……もう少しで抜ける」
ヘッドライトが照らすのは、わずか数十メートル先のアスファルト。けれど、この限られた視界こそが、今の“道”のすべてだ。
周囲には他にも車が走っている。小型車も、バスも、そして同業のトラック。
速度差や車線変更に気を配りながら、俺はいつものペースで進み続ける。無理な追い越しはしない。距離を保ち、一定のテンポで。
それが、事故以来決めた、自分なりの走り方だった。
トンネルの終わりが、ふと視界の奥に見えた。点のように小さな出口が、やがて少しずつ光を増していく。
その時だった。対向車線のトラックが、明らかに不安定な動きで揺れていた。
「……危ないぞ」
次の瞬間、こちらの車線にタイヤが一部はみ出し──ギリギリで元に戻った。
俺は反射的にアクセルを緩め、ブレーキに足を乗せた。後方から来る乗用車にも気を配る。後続に無用な混乱を生まないよう、冷静に速度を調整する。
数秒後、何事もなかったように、静寂が戻ってきた。
が、手には汗がにじんでいた。
「……やっぱり、判断ってのは一瞬だな」
その一瞬が生死を分けることを、俺は嫌というほど知っている。だからこそ、今日も慎重に、けれど迷いなく、走り続ける。
トンネルを抜けた瞬間、辺りは薄暗い山の風景に変わっていた。
だが、さっきまでの闇があったからこそ、こうしたわずかな自然光にも意味がある。
それは、人生でも同じかもしれない。
どれだけの闇の中を走ったかで、光のありがたさは変わってくる。
道は続く。トラックの荷台には、届けるべき荷物が積まれている。だがそれだけじゃない。たぶん俺は、自分の生き方そのものを、この運転席に乗せて走っているんだ。
ライトを灯し、前だけを見て、走り続ける。
それが俺にとっての、「生きる」ということだ。