フィールドの風 – HLHS0018

達成感はとても晴れやかな気分にしてくれる
草の匂いが鼻をくすぐる。背中に太陽の光を感じながら、優はゆっくりと息を吸った。
春の終わり。校舎裏に広がる草原のフィールドには、誰の姿もなかった。いつもは部活の掛け声やボールの音が鳴り響く場所だが、今日は特別だった。卒業を間近に控えた今、あの頃と同じ場所に一人立っていることに、不思議な気分がした。
足元のスパイクが、地面をとらえる感触を確かめるように沈む。握りしめた手の中には、もうボールはない。ただ、体が記憶している。
——ゴールを決めたあの瞬間。
だが、今日の優は何かを競うわけでも、誰かと勝ち負けを決めるわけでもなかった。
「ここまで来たな……」
ぽつりと漏れたその言葉に、驚くほどの重みがあった。高校に入ってからの三年間、何度も負けて、何度も悔しくて、それでも続けてきたサッカー。レギュラーになれなかったことも、途中で足を痛めて走れなかったことも、今では遠く霞んでいる。
あの日、最後の公式戦。出場メンバーには選ばれなかったけれど、優は試合終了のホイッスルと同時に、無意識にガッツポーズをしていた。理由はひとつ。「やりきった」と心から思えたからだった。
フィールドの端に立って、声を枯らしてチームを応援した。ボールに触れていなくても、走っていなくても、自分がこのチームの一部であることを初めて実感したのだ。
その感覚を、今日また確かめに来たのかもしれない。
風が吹き抜ける。目を閉じると、空が近く感じた。肩の力を抜いて、ゆっくりと両腕を天に突き上げる。
ガッツポーズ。
カメラも観客もいない。ただ、空と風と、この草原だけが優の姿を見つめていた。
「ありがとう」
誰にともなく、心の中でつぶやく。支えてくれた家族、励まし合った仲間、そして何よりも、諦めずにここまで走り続けた自分自身へ。
負け続けたことがあるからこそ、この達成感はある。何もかもがうまくいっていたら、こんなふうに感謝することもなかっただろう。
あの日の悔しさも、今日の空も、すべてが優の一部になっている。
空を見上げる。雲が流れ、太陽がまぶしく光っていた。世界はまだまだ広く、これからも続いていく。
優はポケットからスマートフォンを取り出し、自分の姿を写真に収めた。ローアングルからの一枚。光に包まれたシルエットが、画面に浮かび上がる。
「これでいい」
新しい季節が始まる前に、自分の中で一区切りをつけたかった。そのための場所、そのための時間だった。
もうすぐ大学生活が始まる。サッカーを続けるかどうかは、まだ決めていない。けれど、どんなフィールドに立っても、自分を信じて走り続けられる気がした。
優は深呼吸をひとつして、背筋を伸ばした。
草原の風が、彼の頬を優しく撫でていった。