Reversible

便利さと楽しさは反比例。

いやはや、AIは本当にすごく賢くなりました。絵も上手いし、自分が想像すらしなかったような角度で教えてくれたりします。

こんなに便利になると、このように自分が文章を手入力で書く意味すら見失うほど便利になりました。

そこでこのコラムでは、便利さと楽しさは反比例するという切り口で、AIに対する小さな対抗をしてみます。これだけ便利な道具で溢れかえる世の中で、でもなんかつまらないと感じてしまう理由を掘り下げます。

まずわかりやすい話で、私らしい例えで言うと、鉄道旅行に行く時の移動手段の選択です。

東京と大阪は直線距離で約500km離れていて、全て普通列車で移動したら約10時間かかります。新幹線なら約2時間半ですので、わざわざ普通列車だけで行く選択をしません。足も腰も痛くなりそうですし、移動だけで一日使うような暇が無いと思いますよね。

ではその旅行の事を、10年後に思い返してみたとするなら、どちらの方が強烈な思い出として残っているでしょう。きっと、足も腰も痛くなったエピソードを含めて、普通列車の方だと思います。

他にも、以前からずっと欲しかった腕時計をネット注文で見つけて自宅で開封するのと、家から2時間かかる場所の実店舗で購入して、その場ですぐつけて帰ったのなら、後者の方がその腕時計に対する愛着が湧きそうです。

AIチャットに教えてもらった地域の歴史はすぐに忘れそうですが、自ら能動的に資料を集めてみたり現地へ行ってみる方が、もっと文化的背景や出来事を掘り下げてみたくなりそうです。

勉強は?料理のレシピは?異性にモテるには?

全てに共通することは、結局人間は手間暇をかけて行った事の方が魅力的に感じ、無駄な手段の方が楽しくて、苦労を含めたエピソードを『思い出』という形で記憶する生き物なのかもしれません。便利や楽を享受したエピソードを、「楽しかった」というカテゴリーに分類しない設定がされているとでも言うべきかもしれません。

ノートに何度も同じ漢字を書き続けた方が覚えるし、なんども焦がしてしまった方が美味しいハンバーグが焼けますし、アプリを使わないで出会った異性の方がおしどり夫婦になれる可能性が高いのです。

もちろんこのような非生産性の塊のような、昔を美化するような論調が老害で、スマートでスピーディですぐ結果に結びつく方が良いと思う意見は全く否定しません。実際に私も、今の社会で生きる一人として、大阪まで10時間かけるような贅沢な無駄を楽しんでいる時間がありません。

いくつか出した例え話は、ビジネスシーンに置き換えれば全て真逆になります。生産性や効率性を重視するのが正解です。

大事なことは、便利にする概念と、無駄を楽しむ概念を自分で考えて切り分ける能力が必要なんだと思います。仕事で大阪に行くから新幹線を選び、のんびり一人旅するから普通列車を選ぶような感じです。

便利に傾きすぎると無味無臭の味気ない日々に嫌気が差しますし、無駄に傾きすぎるとストレスフルで金も時間も無くなって悲壮感が漂い始めます。効率を高めすぎた先には哲学がなく、哲学を高めすぎた先には時代に取り残されてしまう感じが、面白い部分です。

豊かで幸福になりたくて人類は文明を築いて便利にしてきたのに、人の幸せって結局一体なんなのでしょうかね。ついそんな事を考えてしまった、便利さと楽しさは反比例する話でした。